
高橋是清を応援して日本の国債を買い、日露戦争の必要戦費の肩代わりをしてくれたのは、アメリカのユダヤ系ジェイコブ・シフと、
イギリスのユダヤ系銀行家ロスチャイルドでした。彼らはユダヤ人がロシアで、異人種として排撃され、ポグロム(虐殺)されていることを知っていたので、ロシアとの戦争を決心した日本を応援しようと決心したのです。日本は日露戦争の3分の2の戦費を、ユダヤ系
銀行からの借款で調達しました。明治天皇は日露戦争の勝利後にシフを宮中に招待し、日露戦争への戦費調達の協力を心から感謝しています。
(小谷 瑞穂子『世界の中の日本』より引用)
シフ氏はクーン・ローブ商会という大民間銀行の会長である。クーン・ローブは大西洋のこちら(米)側でロスチャイルドの権益の代表を務めている。シフ氏は
金融戦略家との評を得ていて、スタンダード石油という法人の大蔵大臣を長年に渡り勤めてきた。同氏はハリマン家やグールド家、ロックフェラー家と密接に協力してそれぞれの鉄道事業の全てに関係し、アメリカの鉄道・金融の世界を支配する権力を握っている。
(ジョージ・R・コンロイ『ボストン・トゥルース誌-1912.12.16号』)
ジェイコブ・シフは個人代理人のジョージ・ケナンを使ってロシアにボルシェビキ(共産)革命を起こすために2000万ドルを使った。ケナンはシフが日本に融資する援助をし、日本政府から従軍記章並びに瑞宝章を贈られた。
(ジョージ・フロスト・ケナン-ジョージ・ケナンの孫)
AIC(
アメリカン・インターナショナル・コーポレーション)は1915年、ボルシェビキへの財政援助を調整するために設立された。(
資金提供:J・P・モルガン、ロックフェラー一族、ナショナル・シティ・
バンク)
★会長 フランク・ヴァンダーリップ
(ナショナル・シティ・バンク前頭取/ロスチャイルドの代理人)
☆理事 ピエール・デュポン(デュポン社/GMにも
投資)
オットー・カーン(クーン・ローブ商会)
ジョージ・ハーバード・ウォーカー
(ジョージ・H・W・ブッシュ元大統領の祖父)
ウィリアム・ウッドワード(ニューヨーク連邦準備銀行理事)
ロバート・S・ロヴェット(ユニオン・パシフィック鉄道)
パーシー・ロックフェラー(一族、51の大企業で重役)
ジョン・D・ライアン(ナショナル・シティ・バンク)
J・A・スティルマン(ナショナル・シティ・バンク設立者の息子)
A・H・ウィッギン(?)
ビークマン・ウィンスロップ(1904〜プエルトリコ民政官)
AICと密接な関係を持って共産主義者援助プログラムを進めていた
ギャランティ・トラスト(現モルガン・ギャランティ・トラスト)にも、
G・ベイカー(
ファースト・ナショナル・バンク)E・H・ハリマン(ユニオン・パシフィック鉄道)レヴィ・モートン(前合衆国副大統領)H・H・ロジャース(スタンダード石油)など錚々たる米資本家たちが揃っていた。
1916年ウィルソン米大統領は前国務長官エルフ・リート(クーン・ローブ商会の弁護士)をロシアに派遣、特別戦時資金から支出した2000万ドルを持たせた。
(米議会ロシア債権公聴会 HJ8714U5)
こうしてロシア革命が成功した後にも、英米のユダヤ資本は決して
共産主義国・ソビエト連邦を見捨てなかった。
ウィルソン大統領の補佐役、ハウス大佐は秘書のケネス・デュラントをソ連に派遣、ソヴィエト政府の高官に就任させる。
後に「反共主義者」として有名になったハーバード・フーヴァーは1921年にウィリアム・N・ハスケル少将(世界戦争救済機関)の協力により、7800万ドルの費用(議会・公募等)をかけ、700万トンの食料など援助物資を共産主義者に供給した。
1935年にスターリンが外国の投下資本を接収した時もスタンダード石油には手をつけず。
有名なソ連の5ヶ年計画(1928-32、33-37、38-42)も、ヴァキューム石油、インターナショナル・ハーヴェスター、ギャランティ・トラスト、ニューヨーク生命など、モルガン-ロックフェラー財閥が支配する会社から融資を受け実行されている。
以降は省略するが、資本家たちのソ連支援は延々と続いた。ロックフェラー一族が訪ソした際には毎度、国賓待遇だったし、N.ロックフェラーが副大統領に指名されたときには、彼の批判者をプラウダが憤然として弾劾した。このロックフェラーの資金運用を指示していたのがロスチャイルドである。
ユダヤ資本の助力なしにロシア革命は成功しなかった。
ソ連という幻の帝国は、資本家たちの情熱的な支援が途絶えた時に崩壊した。
無駄な支出はしないのが資本家。
『東西冷戦』という幻の物語がどんな利益を彼らにもたらしたかは言うまでもない。
さて、日露戦争に戻れば、帝政ロシアが日本に負けた事がロシア革命成功の一因であることを否定出来る歴史家は多くないはず。
明石元二郎大佐による革命運動への支援工作をも一因に上げる向きはあると思う。
日本の戦時国債をロスチャイルドやシフが引き受けた意味はもう判ってもらえると思います。
更に日本が露西亜に対して戦端を開いた裏の理由を想像させる一文がある。
1853年 アメリカ大統領の国書を持って来日した、東インド艦隊司令長官、マシュウー・ペリーによる黒船四隻の来航によって、徳川幕府260年の鎖国が破られ、明治維新革命の近代化が始まります。英字新聞を
横浜で初めて発行したのは、ユダヤ系アメリカ人ラファエル・ショイヤーでした。彼は
カメラや写真技術、映画なども 日本に導入しました。勝海舟や坂本竜馬など、日本海軍の指導教官として来日したのは、リチャード・サリアノというユダヤ系フランス人でした。
横浜に日本で初めて創立した工科大学で、ヨーロッパの大学水準の物理と科学を教えたのは、アルフレッド・ローゼンブルグというユダヤ系ドイツ人でした。明治維新革命をやり遂げ、日本の近代国家としての基盤を作るために、欧米諸国の憲法の研究視察に渡欧した伊藤博文を指導したのは、オーストリーの法律学者で、ユダヤ系のドイツ人グナイストやスタイン・モッセでした。明治政府が「御雇い外人教師」としてやとったのは、優秀なユダヤ系の学者や技術者たちでした。
ことに「皇国の興廃この一戦に在り」と大国ロシア帝国を相手にした日露戦争では、日銀副総裁高橋是清が欧米諸国で募った日本の外債を購入して、戦費の半分を支えてくれたのは、ユダヤ系のアメリカ人銀行家ジェイコブ・シフでした。シフはドイツのフランクフルト生まれのアシュケナージ系のユダヤ人で、新大陸アメリカへ移民して、欧米にネットワークをもつ銀行家として成功した人です。
シフは帝政ロシアのロマノフ王朝のユダヤ人へのポグロム(弾圧)を憎み、そのために、大国ロシアのアジアへの進出を阻もうとする小国日本を救援したのです。日露戦争後、明治天皇はシフを宮中に国賓として招待し、感謝の気持ちをお伝えになりました。高橋是清は、大正末期から昭和時代にかけて、山本、原、高橋、田中、犬養、斎藤、岡田の各内閣の大蔵大臣を努め、昭和金融恐慌からの脱出を図っていたが、昭和11年、2・26事件の軍部の反乱テロで暗殺されるまで、シフと堅い信頼と友情関係で結ばれ、日本財政の的確なアドバィスを得ていました。
(小谷 瑞穂子『世界の中の日本』より引用)